「門内の居候」と言えども、たいへんに得がたい経験をしていることには間違いがない。世間の尊敬を一身に集めておられる、阿闍梨様の間近にいるのだから。そこで、千日回峰行に体験入門してみようということになった。
先達をお願いしたのは、当時無動寺谷明王堂の輪番であった、内海俊照大阿闍梨(現:叡南俊照大阿闍梨)である。
明王堂に到着後、夕食をいただいて早々に就寝。起床は午前2時である。我々は運動靴にトレーニングウェア。阿闍梨様は、わらじ履きに白装束、そしておなじみの蓮華笠。明王堂前での勤行の後、出発。約40キロの回峰行がスタートする。
もちろん山道がほとんどで、舗装してある道路などはまれである。歩きながら、不動明王の真言「ナマク・サマンダ・バサラナン・センダ・マカロシャナ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン」をひたすら唱え続けながら歩く。そして要所要所で立ち止まり、般若心経を上げる。「山川草木悉皆成仏」「一切衆生悉有仏性」という言葉のとおり、一木一草を拝むのである。どこの場所で何を拝むのかは、私には分からなかった。行者さんごとに決まっていると聞いたこともあるし、師匠から伝えられているとも聞いたことがある。そして回峰行の行程中、ただ一箇所のみ、絶対に口をきいてはならないといわれる箇所がある。無言で10分程歩いただろうか。何故なのかは分からない。魑魅魍魎がいるからとか、まことしやかに言われるが、実際のことは分からずじまいだ。密教というのは師資相承(ししそうじょう)、師匠から伝えられた作法は、理屈ではなく受け継がねばならないのだそうだ。信仰とは体験である。
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