千日回峰行の行程中、これも一箇所だけ、行者が腰を下ろすことを許される場所がある。「玉体杉」(ぎょくたいすぎ)である。ちょうど比叡山の尾根にあたっており、京都の街と滋賀の街並み、琵琶湖が一望できる。ここでのみ行者は腰を下ろして、京都の街、京都御所に向かって祈祷を始める。鎮護国家、玉体安穏つまり国家の平和を祈る。
アップダウンの激しい山道を、前を進む阿闍梨様と懐中電灯を頼りにひたすら歩く。空がだんだんと白むころには、比叡山を降りて、坂本(滋賀県大津市)にいる。日吉大社参拝の後、律院に立ち寄るが、ここから先は明王堂まで上るだけである。ここまでは私たちに配慮をして、ゆっくりしたペースで歩いていただいているものと思うが、律院からの帰路は、一歩道ということもあるのだろう、阿闍梨様は、「皆、後は自分のペースでな」と言い残し、文字通り比叡山を駆け上がっていかれる。あっという間にお姿は見えなくなる。行者の白装束は、袖が長い。谷間を白い鳥が飛ぶように、山の中に消えていかれた。
私たちは、えっちらおっちら山道を登ってゆく。無動寺谷に着くのは午前9時ころである。無動寺谷本堂の不動明王に、無事帰った報告の読経。心地よい疲労が残るが、阿闍梨様から「明日もやるか?」と聞かれたときには、苦笑いするのみであった。
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