私の恩師が本日逝去。
学生のころ、工学部なのに政治家を目指した私に、「いいじゃないか、頑張れよ」と言ってくれた。あの一言がなければ、今の私は無いかもしれません。
東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こった時、「日本を失うか、福島を失うのかの瀬戸際だ。中塚君頑張れ」と、自腹で上京して原発対応を考えてくれた。
国の総合資源エネルギー調査会の原子力安全・保安部会核燃料サイクル安全小委員会再処理ワーキンググループのメンバーとなり、日本の原子力技術の実情を知って、「僕は感情的な反原発じゃないけれど、いまの日本の技術力では、核燃料リサイクルも含めて、原発は無理だ。やめた方が良い」と言っていた。
9月20日、小沢一郎先生と一緒にお見舞いに行った時に、私の副大臣の名刺を見て、ボロボロ泣きながら「こんなん端の端やないか。もっと頑張れ」と言ってくれた。なによりも「小沢総理」を夢見ていた。
ありがとうございました。遺志をついで頑張ります。
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